会長のご挨拶

医師会長就任に当たって

白河医師会 会長 星 竹敏

 令和8年6月1日に、白河医師会と東白川郡医師会の統合で発足しました新医師会「白河医師会」の初代会長となりました星 竹敏(ほし たけとし)です。
前白河医師会会長の関 元行先生から、前職が東白川医師会 会長だった私へと横滑りで就任した形となりましたので、一般社会どころか白河医師会員にすら、寝耳に水の人事であったかと思われます。

 私は奥会津出身で会津高校卒で、ルーツは会津人と思っております。そして、白河と会津の因縁というのも強いものがあります。近世で言えば、徳川幕政初期に東白川郡棚倉の城主ちなった丹羽長重が、当時は会津領だった白河に移封されて(1625年)、10万石の大大名として、現代の白河の基礎となる町割りや小峰城大修復などの整備を行っております。
さらに近いところでは戊辰戦争での会津勢と薩長軍との死闘(1868年)の舞台も白河でした。もっと最近では衆院選挙区3区で、白河は会津とかぶる(2022年)ことになりました。
従って、私は白河に親しみを持ちこそすれ、異境の地とは全く思っていないわけですので、よろしくお願い致します。

 さて、郡市医師会の役割とはなにかを歴史を遡って振り返ってみましょう。
太平洋戦争前は、内務省衛生局管轄の「官製医師会」として、早くも明治39年(1906年)に福島県医師会などが発足しましたし、大正8年(1919年)には郡市区医師会は強制設立とされ、法人格を付与されました。白河医師会のスタートもこの頃です。
なんと日本医師会はこの4年後にやっと民間社団法人として発足しましたが、官製の都道府県郡市医師会とは全く上外関係はありませんでした。
これら、官製医師会の目的は国の統制による公衆衛生的活動でしたが、さらに保健所設置(1937年)、厚生省設置(1938年)と官製活動の強化に向けた政策がありました。
つまりは、戦前の郡市医師会とは国の指導下での医療活動法人だったということです。

 戦後は、GHQ(アメリカ進駐軍)の指導で、従来の体制が廃止され、現在の体制の礎となる「新制日本医師会」及び新たな社団法人新生福島県医師会が1947年に設立されたわけです。同年に社団法人新生白河医師会も設立されました。
つまり、官製の強制加入団体から、個人の医師が任意に加入・設立できる公益法人と変わり、日本医師会、都道府県医師会、郡市医師会と民主的ではありますが、ヒエラルキーー構造がこの時できあがったわけです。
全国の都道府県医師会の定款が似たり寄ったりなのは、このピラミッド型の3段階の組織の構造のため、日本医師会の定款に準じたためです。
但し、各医師会毎の定款運用が長い間に変わるのは仕方が無く、弱小医師会では医師会が定める業務負担をこなせない所属の個人医師が目立つようになりますと、事務局を抱えられる財政規模もないことから、近年、弱小医師会は運用が難しくなってきたわけです。
実に、東白川郡医師会が白河医師会との統合を申し入れた理由もここにありました。

 現在の郡市医師会の役割を考えますと、住民を管轄する自治体との協力で公的医療活動の展開(予防接種、住民健診、感染対策、救急・休日当番など)を行うことが中心であることは間違いないところですが、新白河医師会は対象自治体が4町村増えて、9市町村と担当する対象範囲が広くなりました(県南一円の規模です)ので、その活動維持には困難度がより増しています。
そうして、これら自治体群の特に都市部以外の町村では、住民生活を守るインフラ(上下水道、道路、橋、電気、通信など)の維持が難しくなっている傾向の中で、重要インフラの一つである医療がまず消滅するのではと考えられていることが問題なのです。
 そこに、土着していた住民の流失が重なれば、地域社会における近未来の真の危機的「医療崩壊」の姿である、「医療、住民の複合消滅」が完成してしまいます。
実に「人のいない所で医療は成り立たない」という先人の言葉通りです。
故に、見方を変えれば、地域医療問題の本質は、地域外への「住民の流失がしにくい町」が、そこに存在してくれるかどうかに尽きる(住民ありきが先で、ニワトリと卵の関係ではありません)といっても過言ではありません。
住民がいなくなれれば、医療もまた不要になる、の理屈です(医師会も縮小です)。
 住民を消えさせないためには、現在の最新研究では、「子どもを産み、育てる世代が暮らし続けられる」環境造りが、自治体施策の中では一番大事とされております(医療環境整備は二の次です)。
直裁的には20~39歳の女性人口が多くなる住民構成にする、ですが、保育所を増やす、医療費を助成する、といった個別の施策だけでは駄目で、この女性達を支える家族全員が、代々に渡ってその地で生活ができるという要素が加わらなければ、直ぐに加齢化で、この女性人口の優位さは消えてしまうと言われています。
さらに家族全員が「生活がしやすい」、の意味には「家族全員の生活費が安上がり」かどうかという経済の要素が入ってきます。
即ち、医療側から自治体にして欲しいこととは、住民の家族全員の生活が、安くできるような地域インフラ整備に重点を絞って力を入れて頂きたいことです。
それができた時に、医療もまた力を回復し、前述の医療崩壊の危機は遠ざかります。

 白河医師会は住民の生活と手を携えた医療協力関係で地域を守ります。

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